筆者略歴
ええオヤジです。30歳な訳けない筆者です。

パソコン通信から移行した、インターネット黎明期からのユーザー。
1994年頃のネット接続料金が電話代を含め毎月6万5千円にもなりワイフに睨まれたものだ。
その後OCNエコノミーという月額39.000円の専用線サービスが発売された時には大いに喜んだ。
筆者はかれこれおよそ25年間に飲食業・人材派遣・IT企業などを経営。本業とは別に1995年頃よりネットショップからオンラインサービス迄、様々なインターネット事業を運営してきた。
今でも、最初の就職先であった金融機関で使っていたIBM4000シリーズ端末の、スマートでいて堅牢なアルミダイキャスト製キーボードが最高と思っている。
現在は会社経営からは身を退き、フリーでのんびりやっている。 沖縄県在住で東京と行ったり来たりの生活。
リゾートホテルで昼食を楽しむのが趣味。
SMASH/田中和人はペンネーム
職業
SEOとウェブビジネスのコンサルタント
自分の運営するウェブサイトがYahooカテゴリに無料で登録された回数は7回。一つの販売サイトでの月間最高純利益は120万円。
SEO実績は自分のサイトだけでもかなりあると思う。ASY!は様々なキーワードで上位表示されているし、ASY!以外にも主要サイトの全てが狙いのキーワードで5位以内をキープしている。
私がSEOで気をつけているのが、検索エンジンによって検索順位が大きく変わらない事。普通にSEOするとYSTで最初に順位が上がり、Googleは1年以上かけて追い付く感じになる。Live
Searchの順位上昇は更に遅め。
とはいえお金をもらっている顧客サイトで悠長なことはやってられないからGoogleマジックを掛けて順位が揃うようにしている。
ほとんどのウェブサイト形式を運営してきた経験から、多くの問題に答えを持っている。やったことも無いのに偉そうな事を言う評論家とは違うし、本から学んだ理論を振りかざすコンサルタントとも違う。
他人のサイトを沢山製作しても運営の実際は学べない。近頃話題の他社製SEO対策テンプレートを顧客が持ってきたので見たが、CSSをイジッているだけで作者のSEOに対する力量不足は明らか。実際・自サイトの上位表示すら出来ていないし、あんなものにお金を払う方が可愛そうだ。
単なるデザインテンプレートに何万円も投じた挙句、思うように作成できなくて当社を頼ってきた顧客も気の毒。そのホームページは私が手直ししてから僅か1週間で数十位上昇して1位表示している。
筆者の仕事サイト [SEO-SEO対策のコンサルタント若葉]
OCNエコノミー
日本初の個人も契約できる専用線サービス。沖縄県で一番初めに契約したのが筆者だそうだ。上下128Kbpsベストエフォートで専用グローバルIP1個付、無料で属性型jpドメインも取得でき逆引きしてもらえた。
ベストエフォートといっても回線品質は良好で公称値を下回る事は無かったし、24時間有人監視サービスも付いていて真夜中に電話で対応してくれた時には感動したものだ。因みに当時の一般的な環境は28.8Kbpsのアナログモデムで実測では20Kbpsも得られなかった。
自宅サーバー
1995年頃。OCNエコノミーに喜び過ぎて自宅サーバーを立てようと苦労した記憶もある。なにしろ家庭用ルーターさえ発売されていないので、赤本(Unixのバイブル)片手にWWW・DNS・DHCP・SMTP・FTPと構築するのだから素人には敷居が高かった。
そんな訳で今でもBSDにはトラウマがあるが、その時の苦労が現在の顧客サーバーやドメイン取得・管理代行等に役立っている。
当時はまだ日本語ホームページ自体が珍しく、開設すると多くの訪問者がやってきてくれた。現在からは考えられない売り手市場でした。
電話料金
アナログモデムは電話が掛かると接続が切れる。そのためOCN専用線へ移行するまではインターネット専用に電話回線を引いていた。電話代が毎月5万円にもなったのは当時やっていたオンラインゲームのため。
外人に勝つためにpingの早いプロバイダーを探そうと常時3-4契約していた。始末の悪い事に時間帯によって早いプロバイダーが変わることもあって、どれが最速か決まらずズルズルと契約更新していた。平均的には他社の倍額だがIIJ4Uが早かったと思う。
挙句の果てにアメリカのプロバイダーのアカウントまで取得し、国際電話経由でインターネット接続したことまである。KDD(Iがない時代)の国際電話料金は高かったです。
